研究概要 |
弓部置換手術ではなお,超低体温循環停止法を要し,術後の心肺機能不全・脳障害・血液凝固障害など合併症が多く,未だ満足すべき結果を得ていない.全弓部大動脈置換手術時の補助手段としての常温心拍動下体外循環法が確立すれば,重症例である弓部置換手術の成績は著しく向上することが期待される.これに対し,我々は一部臨床例において常温心拍動下脳分離体外循環とを併用し,その有用性を確認しているが,その際の心拍動を維持するための至適条件はいまだ明確ではない.本研究では上行大動脈遮断下・常温心拍動時における良好な心保護(non working beating heart)を得るための至適環境を解明する事を目的とした. [対象及び方法]体重9〜16kgのビーグル犬を用い,全身麻酔下に予め心電図,左房圧,左心室圧,上行大動脈基部圧,大腿動脈圧及び右冠動脈流量のモニターを行う.大腿動脈送血,大腿静脈からのlong cannulaによる右房脱血でF-Fバイパスを開始.安定した循環動態を得た後に,上行大動脈を遮断し,120分間同条件を維持した.その後上行大動脈遮断を解除し,人工心肺からの離脱時点までのモニターを続けた. 大動脈基部からの常温冠灌流を行った冠灌流群(2ml/min/kg)と非冠灌流群とに分け,上行大動脈遮断下・心拍動時及び人工心肺使用の前後での循環動態の変化を観察した. [結果]1)冠灌流群(4例)及び非冠灌流群(4例)の全例で,120分の上行大動脈遮断下心拍動環境を得ることが出来た.2)上行大動脈遮断解除後も循環動態は安定し人工心肺からの離脱も全例遮断解除後10分以内に可能で,極めて良好であった.3)非冠灌流群と較べ冠灌流群では上行大動脈遮断中の循環動態が安定した.更に左房圧も冠灌流群で低値を示す傾向をみた.(冠還流群:3.5mmHg/非冠灌流群:7.8mmHg)4)冠灌流群では大動脈遮断の前後で,LVdp/dtの上昇が確認され,非冠灌流群と比較して,心機能の保持/改善の可能性を示唆した. [結論]これらの結果より常温心拍動下における全弓部大動脈置換手術時の補助手段としての,心拍動下上行大動脈遮断の可能性が確認され,併せて冠還流の併用が心保護の面での有用性を示唆した.
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