卵巣癌は女性性器の悪性腫瘍のうち最も死亡率が高く、その要因は腹腔内播種性転移という進展形式にある。そこで、本研究は(1)播種性転移の細胞環境を解析し、(2)播種性転移の遺伝子発現をcDNAマイクロアレイ解析により比較し、(3)それらに基づいて卵巣癌細胞の増殖、接着、浸潤、血管新生に関してin vitroおよびin vivoモデル解析を行うことで、卵巣癌の腹腔内播種性転移の分子機構を解明することを目的とした。 卵巣癌細胞をとりまく環境を腫瘍内溶液や腹水のpHやガス分圧などから検討し、また卵巣癌組織において低酸素で誘導されるhypoxia-inducible factor-1α(HIF-1α)の発現が乳頭状に突出する癌細胞の核内に認められ、さらに、この部位で細胞接着因子E-cadherinの発現が消失していた。そこで、卵巣癌培養細胞を用いて低酸素下の遺伝子発現変化をcDNAマイクロアレイにて探索したところ、E-cadeherinの発現が減少しており、これがWestern-blot、Northern-blotにより確認され、播種性転移の最初のステップに低酸素による接着因子発現の低下が重要な役割を演じていることが判明した。 次に、播種性転移におけるras類似のGTP結合蛋白Rhoの役割を解析した。RhoのmRNAおよび蛋白発現は良性腫瘍に比して癌で有意に高く、さらに癌の原発巣よりも転移巣で亢進していた。さらにin vitroで卵巣癌細胞をlyosphosphatidic acid(LPA)で刺激するとRho発現の亢進および活性化が認められ、これに伴って浸潤能が亢進した。この浸潤能亢進はRho阻害剤のC3 exoenzymeの添加で抑制された。また、卵巣癌細胞にstableにRhoを発現するベクターを導入したところ、この細胞はヌードマウスにおける播種性転移巣形成が著しく亢進した。以上より、卵巣癌の播種性転移にはRhoが深く関与しており、Rhoは新しい卵巣癌治療の分子標的となりうると考えられる。
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