糖尿病網膜症ほその基本病態として血管透過性亢進、微小血管閉塞、血管新生の3つが存在することが知られている。網膜における血管内皮増殖因子Vascular endothelial growth factor(VEGF)が、血管透過性亢進及び血管新生の2つの病態と関連が深いことについてはこれまで報告してきた。今回、VEGFと、微小血管閉塞との関係について検討を行った。 糖尿病網膜症患者では前房水内の組織因子発現が亢進しており、その発現量が、糖尿病罹病期間や網膜症の程度と正の相関を持つことを明らかにした。また、網膜におけるVEGFが血管内皮細胞での組織因子発現を、転写因子Egr-1を介して亢進していることを確認した。組織因子は外因系凝固のinitiatorとして知られ、凝固系のカスケードを動かすことによって血栓形成をもたらす事が知られている。我々は更に、ラット硝子体中にVEGFを注入することにより微小血管内のフィブリン血栓の形成を電顕で確認した。このことからVEGFが、糖尿病網膜症での微小血管閉塞にも役割を果たしていることが明らかになった。 一方、網膜症治療の可能性として、我々はこれまで糖尿病治療薬として臨床的に用いられているチアゾリジン系薬剤(ピオグリタゾン)が、VEGF刺激による網膜血管内皮細胞のMAPキナーゼの活性化を阻害して、VEGFからのシグナルを抑制するという機序を報告した。加えて今回新たに、ピオグリタゾンがVEGFの血管内皮細胞特異的な受容体であるVEGF2型受容体(KDR)の発現を遺伝子・タンパク両方で抑制することを明らかにした。またその作用機序が、KDRの発現を制御する転写因子Sp1/Sp3の活性を抑制することであることを解明した。 以上のことからチアゾリジン系薬剤が、網膜症の病態形成に重要なVEGFとその受容体からのシグナルを抑制することによって、微小血管閉塞を含む網膜症の3つの基本病態に対する直接的な治療効果をもたらす可能性が示唆された。
|