炎症性病変ではマクロファージやリンパ球などの炎症性浸潤細胞とその組織を構成している細胞との間のサイトカインネットワークを介した細胞間相互作用が病変の進展に深く関与している。従来よりヘルパー1型T細胞由来のinterferon-gamma(IFNγ)と腫瘍壊死因子(TNFα)、あるいはグラム陰性細菌由来のLPSの共存下では、マクロファージの活性化やケモカインなどの炎症性遺伝子の発現が相乗的に誘導されることが知られていた。しかしこれらのサイトカインのクロストークがどのようなメカニズムにより遺伝子発現を相乗的に誘導するのかについては不明であった。そこで本研究課題では、IFNγによって活性化される転写因子Signal transducers and activator of transcription 1(STAT1)とTNFα、LPSで活性化される転写因子NF-κBに注目し、これら転写因子が核内においてコアクチベーターCREB-binding protein(CBP)を介してクロストークすることにより標的遺伝子の転写活性が相乗的に誘導されるのではないかとの作業仮説のもと解析を行った。解析の結果、IFNγによって活性化されたSTAT1とTNFαによって活性化されたNF-κBが、タンパク質相互作用を介してCBPと結合し、安定した複合体を形成しケモカインCXCL9遺伝子のプロモーター上に結合し、RNA polymerase IIをプロモーターへリクルートすることを明らかにした。 また、IFNγ、TNFα、LPSはSTAT1、NF-κBなどの転写因子を誘導するだけでなく種々なリン酸化酵素の活性化を誘導することが知られている。そこでSTAT1とNF-κBによる相乗的な転写活性の誘導にMAP kinaseが関与しているかについても検討を行った。その結果、マクロファージにおけるIFNγ、LPSによって誘導されるCXCL9遺伝子の発現には、p38 MAP kinaseが関与していることが示唆され。 本研究課題では、さらに転写制御の観点からIFNγに対する不応答性のメカニズムについても解析を行い、ある種の癌細胞ではIFNγの情報伝達経路が正常であるにもかかわらずケモカイン遺伝子CXCL9、CXCL10が誘導されないことを見いだした。この不応答性にはNF-κBが関与しており、CXCL9、CXCL10が誘導される細胞で認められる構成的なNF-κBが欠如していることにより、IFNγによって活性化されるSTAT1との相互作用が営めず、十分な転写活性が誘導されないことが明らかとなった。 本研究課題で明らかにされたことは、STAT1、NF-κBによる炎症性遺伝子の発現調節機構の理解の一助になるだけでなく、異なる細胞外シグナルがどのように遺伝子の発現を相乗的に誘導するのかといったサイトカインの情報伝達経路と遺伝子発現の制御機構の理解にも大きく貢献できるものである。
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