複製可能型遺伝子組換えHSV-1ベクターを用いた癌治療は、病原性や増殖能を制限したHSV-1ベクターを腫瘍細胞に感染させ、感染の拡大によって腫瘍組織を破壊する方法である。HSV-1ベクターを口腔領域で使用するにあたっては、HSV-1感染細胞に加えられるストレスの影響を把握する必要がある。HSV-1感染細胞における細胞内カルシウムイオン濃度をイオノマイシンにて上昇させたところ、ウイルスの細胞外放出は顕著に増加した。さらに、H_2O_2で処理した場合もHSV-1細胞外放出は著明に増加し、あらかじめCa^<2+>キレーター薬で処理しておくとH_2O_2による効果はみられなくなった。したがって、HSV-1の細胞外放出において細胞内カルシウムイオンが重要な役割を果たすことが初めて明らかとなった。HSV-1ベクターの殺腫瘍細胞効果を増強させるため、分化誘導剤であるヘキサメチレンビスアセトミドのHSV-1ベクター感染に対する影響につき検討した。本薬剤で神経毒性遺伝子γ34.5遺伝子を欠損したHSV-1R849感染細胞を処理したところウイルス産生が増加し細胞傷害性も増強され、HSV-1ベクターによる治療効果の増強に有用であることが明らかとなった。新しいHSV-1ベクターに関する研究として、平滑筋細胞の特異的マーカーであるカルポニンに着目し、そのプロモーター領域を組み込んだ新規HSV-1ベクターd12.CALPを構築した。このd12.CALPは、カルポニン遺伝子を発現するヒト口腔MFH細胞で選択的に複製可能であり、感染細胞に対して細胞傷害性を示した。また、ヌードマウス腫瘍内に注入することで腫瘍増殖を有意に抑制した。さらに、静脈内投与したd12.CALPベクターが肺転移腫瘍に到達し選択的に複製する所見が得られた。したがって、本ベクターはMFHの原発病変だけでなく肺転移の治療にも有用であると考えられた。
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