今年度は、総論的な視点から言えば、制度的な変化の構造を主要に分析した。その一つの時期として、明治初期の工部大学校と東京大学の成立の相互関係を視野にいれての制度確立を再検討し、東京大学が制度的に確立していく過程で現場的な「知識形態」を排除していく過程が重なっていくこと、同時に工学の知識形態が、社会的には高等教育からはずれたところから形成されていくことが明確にできる。こうした社会制度的な「構造」が学問的にも反映されているといえる。例えば、土木においても設計や製図等の面では第2次戦後の頃でも比較的進んでいるのに対し、現場の施工では遅れている。さらに、前者は「輸入」に依拠した活動であり、両者の乖離が結局は、日本における独自の発展を生み出すことにつながらなかったといえる。次に、第2次大戦後GHQ占領期の工学教育改革期についても再検討に入った。この点は、これまで先行研究で十分解明されてきたようで、実は非常に不十分なところであるので、今年度の調査を踏まえ、来年度に総合的な結論をだしたい。また、1960年代以降の急速な工学部関係学科の増加には、幾つかの内容的な区分けができる。その一部には制御工学科のような、新たな技術展開では必ずしもなく、すでに戦前ないし戦後直後から技術現場では進み始めていた技術が、学問的に提起されてきたようなものがあり、他極には、第2工学部のように基本的には学生増が主眼のようなものがある。こうした表面的な変化の裏の工学の内容的な変遷については、学会の変化と照応させて分析させる必要があり、これについても来年度整理する。
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