研究課題
Ras-MAPキナーゼ(MAPK)シグナル伝達経路は細胞外からのシグナルを伝え、細胞の増殖、分化を制御する主要なシグナル伝達経路として有名である。しかし、近年、このシグナル伝達経路の神経系におけるこれとは異なった機能、特に、神経可塑性や学習における機能が注目されている。しかし、その機能の詳細は未だ明らかでない。本研究は、遺伝学的、解剖学的、行動学的な利点の多い線虫C. elegansを用いることにより、Ras-MAPK経路の神経系における機能を解明することを目指して行われた。我々は以前に、線虫のMAPキナーゼ(MAPK)が匂い刺激により嗅覚神経内で迅速に活性化されること、また、Ras-MAPK経路の嗅覚神経における機能が効率よい嗅覚受容に必要であることを明らかにしている。本研究ではこの発見をさらに推し進め、Ras-MAPK経路が嗅覚順応にも重要な機能を果たすことを明らかにした。まず、新たな嗅覚順応のアッセイ系を開発し、これを早期順応と呼ぶこととした。早期順応においては、線虫を5分間、匂い物質に曝すことにより、線虫のその匂いへの応答(化学走性)が顕著に低下する。Ras-MAPK経路の複数の変異体が早期順応に著しい欠損を示した。興味深いことに、この順応現象は単一の嗅覚神経内でのダウンレギュレーションのメカニズムにより起こるものではなく、神経回路に依存した可塑性であった。すなわち、この順応には複数の嗅覚神経から入力を受ける介在神経である、AIY神経の機能が必須であった。5分間の匂い刺激により、嗅覚神経のみならずAIY介在神経においてもMAPKが活性化されることが確認された。さらに、Ras遺伝子の細胞特異的発現実験により、AIY神経におけるRasの機能が嗅覚順応に重要であることが分かった。これらの結果より、Ras-MAPK経路は嗅覚神経で働いて嗅覚受容に関わる一方、嗅覚刺激に対する線虫の可塑的な応答を介在神経レベルで調節していることが明らかとなった。
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