DNAに損傷が生じると突然変異が誘発されることは古くから知られてきた。ごく最近になって、DNA損傷箇所でのバイパス合成に関わるDNAポリメラーゼ(Pol)が大腸菌からヒトまで保存されて存在することが明らかになった。これらの酵素は3'-5'エキソヌクレアーゼによる校正機能を持たないので、エラーを発生しやすい。突然変異の発生を抑えるためには、このような遺伝子の作用が必要な場合にのみ機能を発揮するような制御を受けている筈である。我々はこのようなDNAポリメラーゼの一つであるマウスの酵素Polκを同定した。PolκをコードするPolk遺伝子は多くの組織で発現されているが、取り分け精巣において最も強く発現されている。Polk遺伝子の転写開始点は二ケ所存在し、上流のものは多くの組織で使われ、下流のものは精巣特異的である。精巣において両方からの転写開始頻度はほぼ等しいように思われた。精巣で最も強く発現されているmRNAは約3kbであり、それ以外に他の組織にも共通の5kbの長さのものも観察される。これは転写開始点の違いによるのではなく、むしろ3'-末端のPolyA化が異なる位置で起こるためである。約5kbのmRNAはその3'非翻訳領域にAREと呼ばれるmRNAを不安定することが知られている配列が10回繰り返して存在するが、精巣特異的な約3kbのmRNAは3'非翻訳領域にARR配列を全く持たない。そのため、約3kbのmRNAは約5kbのmRNAよりも安定であると考えられる。このようなmRNAの安定性の違いによる結果として、精巣では安定な約3kbのmRNAが蓄積するので、Polk遺伝子の発現が精巣では高いように見えるものと思われる。
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