研究概要 |
完成された脳神経系は、異なる形態と機能を持つ多くの種類の細胞群によって構成されており、この多様性が高次の神経・精神機能の基盤となっている。本研究では、多様なニューロン・グリアの共通の前駆細胞である神経幹細胞に着目し、その増殖と分化の制御機構を明らかにすることを通じて、脳神経系の発生過程を解明することを目標としている。本年度は特に、発生期脊髄における運動ニューロンおよびオリゴデンドロサイトの分化過程で特異的に発現するBasic helix-loop-helix(bHLH)型転写因子Olig2, Ngn2, Mash1について解析した。これらbHLH因子はいずれも、ラット神経管腹側において胎生10.5日(E10.5)に発現を開始し、E12.5では背腹軸に沿った特定の領域に発現していた。特にOlig2とNgn2は、運動ニューロンが生み出される時期に一致してその前駆細胞に特異的に共発現していた。一方、運動ニューロン分化が終了するE14.5では、Olig2とMash1が共通の前駆細胞で発現することが観察された。そこで、ニワトリ胚神経管および神経幹細胞の培養系での異所発現実験により、これら分子の機能を解析した。その結果、Olig2とNgn2は協調して運動ニューロンの分化を誘導するマスター遺伝子として機能することが明らかとなった。一方、Olig2とMash1が協調的に作用する発生後期では、オリゴデンドロサイトの分化がこれら2つの因子によって制御されていることが明らかになった。さらに、これらbHLH因子は、前駆細胞の特異性決定に関与するhomeodomain型転写因子であるPax6, Pax7, Nkx6.1, Irx3と相互にその発現を制御しあう複雑な相互作用をもつことが明らかとなった。以上の知見から、発生期神経系における特異的なニューロン・グリアの分化機構の一端が明らかになった。
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