本研究の目的は、シナプス可塑性発現に関わる分子が、脳高次機能にどのように関与するかを個体レベルで解明することである。我々はこれまでの研究から、シナプス形成の分子機構がシナプス可塑性の成立に必要であり、記憶・学習などの脳高次機能に利用されるという作業仮説を立てた。本研究では、この仮説に基づき、シナプス形成、維持、精緻化などに関与が示唆されてきた2つの分子、NMDA型グルタミン酸受容体ε2サブユニットと接着分子カドヘリンの裏打ちタンパクであるβカテニンに着目した。βカテニンは、一般的なノックアウトでは胎生14日で発生が停止するために成体での機能が不明である。また、NMDA型グルタミン酸受容体ε2サブユニットも単純な欠損では致死であり成体での解析は不可能である。 そこで、これらの分子をコンディショナルにノックアウトするために、それぞれの遺伝子にloxP配列を挿入した標的マウスを作成した。また、海馬CA3錐体細胞にCreリコンビネースを優位に発現するマウスγ1CreN+を作成した。これらのマウスを交配させ、loxPをホモに持ちCre遺伝子を持つ個体を選択した。これらのマウスでは、海馬CA3領域でε2サブユニットとβカテニンそれぞれが欠損していることを免疫組織学的に検証した。本研究で作成した2種類のコンディショナルノックアウトマウスは、正常に産まれ成長するために、成体においてそれぞれの分子が果たす機能を解析することが可能である。これらマウスを形態学、行動学、電気生理学等の手法を用いて解析することで、発達時期のシナプス形成と保持に関与する分子が成体におけるシナプス可塑性や高次脳機能へ果たす役割を検証することが可能になった。
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