研究概要 |
本研究の目的は,多重ラベルした生体分子の構造解析が可能な固体NMR法を確立することである.初年度に手法の開発と装置の改良およびテスト試料の合成を並行して行った. (1)^1H-^<13>C dipolar-assisted rotational resonance (DARR)法の開発多スピン系の試料を用いて、一度の2D実験で多数のおおまかな距離情報を決定するという,これまでに希求されてきたが実現されていなかった固体NMR法を検討・開発した.この手法では,観測核スピンへのラジオ波照射を必要としないために,距離測定時間の制限が一般的に長い縦緩和時間になる.つまり,長距離の測定が行えるという大きな利点がある.また,観測は高分解能の条件で行うことが可能であり,他にも多スピン系への応用に適した特性を持っていることを示すことが出来た. (2)低温測定システムの設置 分子の構造を正確に決定するためには,試料の温度を下げることで局所的な分子運動の影響を出来るだけ除く必要がある.そこで,最近開発された低温NMR測定システムと窒素再凝縮装置を購入して,現有のNMR装置に組み込み,安全で長時間の低温測定を可能にする改良を行った. 次年度は開発したDARR法の有用性を示すために,神経伝達物質の一種であるエレドイシンの構造研究を行った.具体的には,エレドイシンが属しているタチキニンの共通部位であるC端側の6残基(K-F-I-G-L-M)の炭素と窒素を全て炭素13と窒素15で同位体置換した試料を固相法より合成して,構造決定を以下のように行った.DARR法を用いた炭素13間の距離相関2次元測定を行い,81ペアの炭素間距離を得た.得られた距離を用いて分子の立体構造を決定するためのプログラムとしてX-PlorというYale大学で開発されたプログラムを導入し,得られた81ペアの炭素間距離を距離制限とした構造計算を行い,立体構造を得ることが出来た.さらにペプチド主鎖の2面角(φ)の測定を行い,得られた4つのφ角を角度制限として構造計算に用いることで,より精度の高い立体構造が得られることを示した.このように,本手法では数回の固体2次元NMR測定で,1種類の多重ラベルしたペプチド粉末試料を用いて,簡便にある程度の精度で3次元構造を得ることが出来る固体NMR法を確立することができた.
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