本研究は、D.Wiggins等の認知主義的な実在論的価値論に代わる実在論的な議論の可能性を、晩年のP.Griceの価値論に見出し、B.WilliamsやD.Charles等の最新の議論との比較検討を通して、議論の輪郭をできるだけ具体的に提示することを目指した。B.Williamsは、昨年急死したが、直前に、反実在論的立場から独自の真理論を展開し、価値をめぐる議論の新たな展開可能性を指し示した。D.Charlesは、技術論をモデルとして、Griceのそれとは異なる独自の実在論的価値論の可能牲を追求している。Williamsからは、一昨年、真理論の構想について直接話を聞くことができた。Charlesとは、三年間、議論を継続することができた。 本研究の最終的な日論見としては、Griceの後期価値論を前期意味論と照応させつつ、M.Dummettの意味論・真理論との比較検討を試みる予定であった。しかし、Griceの価値論の射程は、当初思ったよりもはるかに広大であり、結局この試みは、人間性と非相対的価値の出現と理性の位置づけをめぐる形而上学的考察へと、大きく重心を移動させることになった。この考察の成果の一部は、最後に「人間のコミュニケーション能力の基礎について-理性的存在である人間のコミュニケーション能力の基礎に関する形而上学的考察」と題する論文として公表された。本研究は、当初の計画としては、Wiggins等の認知主義的立場を批判する議論を軸に、Dummettの意味論・真理論との比較検討を通して、第三の道を模索することを企図していたが、Charlesの示唆によって、考察の重心はGriceの価値論の検討へと移し替えられた。これによって、第三の道の可能性はより明白なものとして見えてきたが、同時に、見えてきた道筋に従って、人間性と非相対的価値の出現と理性の位置づけをめぐる、広大無辺とも思われる形而上学的考察へと船出することになった。
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