本研究は、平成13年度より二年間にわたって、西洋近世哲学、とりわけ十八世紀における因果論と蓋然性の概念との関わり合いについての検討を通じて、知識論における蓋然性の概念の役割について新たな理解を得ようとするものである。 初年度である平成13年度は、蓋然性概念の成立を哲学史的にあとづけるとともに、科学史にも注目することによって、因果論と蓋然性概念の関わり合いについて明らかにするようにつとめた。その中心をなすのはヒュームの蓋然性概念の解明である。ヒュームは、彼の主著『人間本性論』の、因果について論じた第1巻・第3部の11節から13節にかけて蓋然牲の概念について論じている。他方、『人間知性研究』では、蓋然性概念についての詳しい検討は省かれているが、その代わりに有名な奇蹟論が第X節において展開されている。こうした事情を念頭において、ヒュームの因果論と宗教論との関わりについて、とりわけその奇跡論を中心に研究を行い、その成果を論文「ヒュームにおける奇跡と蓋然性」において発表した。 この論文では、ヒュームの奇跡論を、『人間知性探究』においてそれに先立つ部分から、とりわけ蓋然性の理論から検討し、ヒュームの議論を『人間知性探究』全体の脈絡のなかに位置づけるように試みた。ヒュームの議論は二部に分かれており、第一部でヒュームは、奇跡を自然法則の侵犯と見なして、奇跡の証言は、それの虚偽が奇跡以上に奇跡的であるのでなければ、奇跡を確立することはできない、と論じている。そして、第二部では、奇跡の証言に関する社会-心理学的考察によって、奇跡の証言の信頼性を失わせるとともに、「反対しあう奇跡」の議論を展開して、奇跡が特定の宗教を確立することはできない、と論じている。従来の解釈の多くは第一部のアプリオリな議論を重視してきたが、本論文はむしろ第二部の議論に注目し、その時代背景と文脈を明らかにしようとつとめた。
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