本年度は、主としてディグナーガの最初の体系的な論理学書『ニヤーヤ・ムカ』の英訳作業を遂行した。彼の晩年の主著『プラマーナ・サムッチャヤ自注』と同書に対するジネーンドラブッディの『複注』を最大限利用して、正確な翻訳と詳細な注解を作成することを目指した。ほぼ3分の2を完成させ、最終年度には全体を完了する予定である。 以上の作業の成果の一部として、ディグナーガ論理学のキーコンセプトである「主張の主題」(パクシャ)「同類」(サパクシャ)「異類」(アサパクシャ)の定義を明らかにした。すなわち、「主張の主題」は「論証されるべき属性」(たとえば、火)が存在するか否かが未だ知られておらず、議論の的となっているものである。「同類」は、「論証されるべき属性」の存在することが既に一般的な形で知られているものの集合(たとえば、竈など)である。「異類」は、「論証されるべき属性」が存在しないことが既に知られているものの集合(たとえば、湖など)である。これは後代のチベット仏教ゲルク派の論理学者たちの理解と通じるものである。このことを平成15年9月ドイツのデュッセルドルフの「日本文化センター」で開催された「仏教論理学ワークショップ」で発表し、『北海道印度学仏教学研究』誌上に公刊した。 平成15年10月から16年3月まで京都大学文学研究科に客員教授として滞在したブリティッシュ・コロンピア大学のアクルジュカル教授の土曜セミナーに可能な限り参加し、ディグナーガの同時代の先輩である文法学者パルトリハリの言語哲学について多くの知見を得た。
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