本年度の研究成果のうちで第一に挙げるべきものは、刹那滅論証の論理的分析に関してジュニャーナシュリーミトラの「対偶関係の非対称性」は現代の直観主義論理に非常に近い発想に基づいていることが判明したことである。ジュニャーナシュリーミトラがラトナーカラシャーンティの内遍充論を批判する論拠は、知覚できない非存在の対象の否定的遍充関係を先決できないという「対偶関係」非対称性にある。存在はつねにそのつどの瞬間において知覚によって構成されなければならない、ということがその基本的スタンスなのである。これは無限の対象の全域を超越的に決定できないという理由から、ヒルベルトの論理的形式主義における排中律と対偶関係の対称性を拒否したたブラウワーの直観主義論理とパラレルなのである。これによって唯識論をベースとするラトナーカラシャーンティの内遍充論の形式主義的性格が鮮明となった。さらに、「反刹那滅論証」を強化するウダヤナ、ガンゲーシャは、知覚から独立に無限の対象の全域が実在するとみて、排中律と対偶関係の対称性を前提として形而上学的時間論(カーラヴァーダ)を形成する。このように「反刹那滅論証」は、その論証の論理構造そのものが「刹那滅論証」と認識論のレヴェルで異なっているのである。時間論の差異が論理そのものの差異と連動しているとみることもできるだろう。第二に「反刹那滅論証」に関する文献の解読はヴァーチャスパティミシュラ、バーサルヴァジュニャの当該個所を完了した。さらに、バルトリハリのヴァーキャパディーヤの「カーラサムディーシャ」の翻訳によって刹那滅論証が挑戦する最大の「反刹那滅論証」の基点としての形而上学的時間論(カーラヴァーダ)の系譜が明確に見えてきた。第三にプラジュニャーカラグプタによるヴァイシェーシカの「反刹那滅論証」にたいする反批判のテキストの翻訳に挑戦しつつある。
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