研究概要 |
本研究は、1970年代から英語圏の倫理学・社会哲学の領域で活発に論議され成果が蓄積されてきた「社会正義論」の観点から、租税の根拠と再分配原理を考察し、あわせてわが国の租税制度のあるべき姿を構想することをねらいとする。租税の根拠についての説明としては、「利益説」と「義務説」という二つの有力な立場があるが、未だ決着を見ていない。さらに租税の機能の一つに資産および所得の再分配があるとされるけれども、「公平・中立・簡素」の三原則が謳われる一方で、租税を通じての再分配原理の実質まで立ち入った論議はほとんどなされてこなかった。そこで本研究は、現代の社会正義論の成果を踏まえて、租税の根拠と租税による再分配原理の究明に取り組むものである。 今年度得られた重要な知見は、Murphy, L. and T. Nagel, The Myth of Ownership : Taxes and Justice, Oxford University Press,2002を読み解くところから得られた。本書のポイントは、「われわれが正当に稼いだ所得なのに、政府はその一部を税金として取り立てている」との臆断の無根拠さを暴きながら、私的所有権に関する通俗的神話の切り崩しをねらい、「租税の公正よりもむしろ社会の公正こそが租税政策を導く価値であるべきで、所有権は因習・規約に基づくものに過ぎない」と主張するところにある。著者らが提起した「社会の公正」という理念と照らし合わせつつ、「あるべき税制」を共同で探究する作業の基礎を固めることが出来た。その成果の一部は、裏面に掲げた論文に盛り込むと共に、いくつかの研究会で報告した。なお社会政策学会第106回大会(2003年5月18日:一橋大学)の共通論題での報告(仮題「租税・正義・卓越」)を依頼されており、これを本研究の仕上げと社会への発信に向かっての第一歩としたい。
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