研究計画の初年度の目的は3点あった。すなわち(a)プラトンのテキストを分析するための予備的作業と、(b)これまでの研究の確認と修正、(c)それらの研究をもとに生命医療倫理学への批判を通じてソクラテス的探求の意義を検証することである。(a)はとくに『メノン』篇の分析を中心になされた。その成果については、(1)「『メノン』篇における探求の端緒-「よく」「ただしく」という副詞が描きとるもの-」(北海道哲学会編『哲学』第37号)としてその一部を発表し、また他の一部を(2)「言論を語るということ-『メノン』篇における想起の実験」という演題のもと平成14年6月8〜9日の日本西洋古典学会(於広島大学)で発表予定である。前者では、生のありようが副詞により描きとられていく事態を分析した。後者では、日常の言語活動の可能性がソクラテス的探求の基底であり、この探求の基底が露呈した場において『メノン』篇の想起の実験は「言論を語るということ」そのことに関わっていることを論じる予定である。(b)に関してはいまだ資料整理の段階にある。それゆえ、平成14年度においては、(a)の研究成果の進展に伴い、これまでの研究の修正を逐次行っていく予定である。基本的には、ソクラテス的探求を日常の言語活動の可能性によっておさえるという観点から修正を施すことになる。(c)の成果の一部は、「「臨床人間学の方法論的構築」の可能性-臨床哲学と臨床倫理学の批評を介して-」(平成12・13年度科学研究費補助金(研究成果報告書(課題番号12610037)、2002.2)として発表された。「臨床性」という多様に語られてきた概念を、問いと答えという対話を基本とする吟味の営みのうちで引き受ける可能性を示した。臨床という文脈によって構成される専門性を担わず、むしろ当事者である/現場に臨んでいることによる特権性を炙り出すと同時に、無人称的な原理主義を摘出することが可能となるからである。
|