長期夏休暇を利用して2001年8月1日から8月26日まで独訪し、フランクフルトを拠点にして、フランクフルト大学、ミュンスター大学、マインツ大学、ベルリン大学、ボン大学、マールブルク大学、ハイデルベルグ大学、ミュンヘン大学などの図書館や研究室で資料を収集したほか、ドイツ国内のみならず他の欧米諸国の生命倫理関連資料を集積したドイツ有数の研究所である、ボンの「科学と倫理のための研究所」(lnstitut fur Wissenschaft und Ethik)と「生命諸科学における倫理のためのドイツ情報資料センター」(Deutsches Referenzzentrum fur Ethik in den Biowissenschaften)、及びミュンスターの「生命倫理学際研究所」(interdisziplinare Forschungsstelle zur Bioethik)にも赴いて資料の収集に当たった。さらにフランクフルト大学のヴィーデンホファー教授やホフマン教授、ミュンスター大学のジープ教授やクヴァンテ講師らとの会見を通じて、目下、ドイツを二分しているヒトES細胞研究をめぐる問題やオランダ安楽死法のドイツへの影響について情報を得たほか、ベルリン郊外のパンコーで開催された「国際社会倫理学会」(Societas Ethica)にも立ち寄って、ヨーロッパにおける生命倫理の動向について情報を得た。国内では東京大学、京都大学、千葉大学などを中心にして資料収集に当たった。これらの資料については、来年度内にインターネットで公開する予定である。また研究会(西日本応用倫理センター部会)活動の一環として、2002年3月8日にミュンスター大学神学部教授アウティエロ氏を招いて日独シンポジウムを開催し、日本側代表として「日本における生命倫理の受容と展開」という発題(「FINE広島」に掲載予定)で、アングロサクソンの生命倫理とは異なる日独の生命倫理の特色を明らかにしつつ、ヒトES細胞研究のあり方について提言をした。
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