当初の目的に従って、アングロサクソンの生命倫理との相違点を際立たせながら、ドイツ生命倫理の特徴を明らかにした。ドイツの生命倫理は現在二つの根本問題で揺れている。一つは安楽死問題、もう一つはヒト胚問題である。これらは別問題のように見えるが、生命操作への可能性を含む点で共通しナチズムを髣髴させる。安楽死はオランダやベルギーで合法化され、フランスもこれに同調する勢いである。このような隣国の動きは少なからずドイツにも影響を与えている。しかし自己決定権を拠り所にした安楽死容認論は必ずしもドイツ生命倫理の趨勢ではない。ドイツでは安楽死問題に関しても、「生命」の意味を根源的に問い直すことから議論が開始される。他方、ヒト胚研究に関しては、国益と理念の板挟みになっているというのが実情である。「人間の尊厳」は、ドイツ国民の歴史的誓いとしてドイツ憲法にしっかりと根を張っている。そしてこの理念をより具体化したものが「胚保護法」である。このようにドイツの生命倫理は、アングロサクソンのように生命功利主義に偏ることなく、「人間の尊厳」の理念に立ち返りながら生死問題を論じている。本研究においては、こうしたドイツ生命倫理の実情を明らかにするために、初年度はドイツの生命倫理研究所やセンターに赴いて資料収集にあたり、主要文献を訳出して図書や雑誌等々で紹介した。次年度以降は、各種の学会や研究会において「人間の尊厳」の原理的根拠について自らの考えを披露しそれを論文にまとめた。
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