本研究では、従来あまり取り上げられて来なかった、近世後期の幕府儒者について考察した。その際、思想面と文教政策面との両面に注目し、立体的に把握することに努めた。その結果、明らかになったことは次の通りである。 1.思想面では、彼らの天皇観や皇統意識について、これまであまり知られていないような理解がなされていることがわかった。すなわち、日本で皇統が連続してきた理由について、これは日本における君臣関係が他国よりも優れていたからであるという思想が、後期水戸学をはじめとして広く説かれていたのであるが、林述斎・尾藤二洲・佐藤一斎などの幕府儒者の場合はそれとは異なり、皇統の連続は、日本において文化を保存するという点で他国より優れていることを示すものである、と理解していたことを明らかにした。 2.文教政策面では、幕府儒者たちが教育、人材登用策、検閲などの面で、幕府のいわゆる三大改革(享保・寛政・天保)に積極的にかかわっていたことを明らかにした。このうち検閲については、天保期以降、幕府儒者が中心になって担うようになるが、彼らは、言論の道を塞いではならないという思想にもとづき、従来は出版が不可能であった書物についても出版を許可している事実をつきとめた。 従来、幕府儒者の思想史的意義については、体制維持のための役割ばかりが強調されてきたが、実際はそればかりではなく、文教面での改革にも深くかかわっている。この点については彼らの他の業務も含め、今後さらに明らかにしていく必要があると考える。
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