木研究は、石川三四郎(1876〜1956)とエドワード・カーペンター(1844〜1929)の比較思想史的な追求を通して、両者が先駆的に思考した共生思想を検討することにある。環境の破壊が進み、地球の危機が叫ばれている今日、両者は、いち早く近代文明の問題点を、自己の内と外における「負」の側面を見据える根源的な視点から提起した。自然との共生を求めて「デモクラシー」の土着化をはかろうとした石川三四郎の『土民生活』思想には、イギリスのカーペンターからの影響が大きく見られる。カーペンターは、「精神的な民主主義」の具体化をはかるべく、新しい共同体の形成を志向したが、それは現代のネットワーク論の先駆けともなっている。両者の共通項は、「調和の喪失」している近代文明社会において自己の内外での『調和の回復」をはかることを目指すものであり、『社会的調和論』に集約される。また、それらの思想的な営みは、時代状況が厳しくなり深刻な事態が迫ってきたときにおいても変節することではなく、真の解放を求める思想の水脈につながるものであったといえよう。 本研究実績では、国外調査費を用いて、イギリスのシェフィールド市立図書館の分室にあるカーペンターコレクションに収められているマイクロフィルム化されたカーペンター自身の論稿および書簡などの第一次資料を収集することにより、彼の思想形成の軌跡を跡付けることができた。また、カーペンターの出身校であるケンブリッジ大学図書館には、カーペンター研究の博士論文が収められており、近年カーペンターの再評価がなされつっあることと相俟って、現在の研究動向を探ることは、問題意識の整理と総括に貢献するものであった。
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