研究概要 |
1.伊藤仁斎を研究対象にして、17世紀後半の都市共同体における民衆思想を考察した。 (1)気一元論、心性論、仁義の思想を中心に道徳論を再検討した。仁斎の道徳論が徳川政権下の社会体制を安定維持させる政治思想として機能することを明らかにした。 (2)通称『仁斎日記』を史料にして、町中への接し方、町自治への関心度を分析し、仁斎の日常生活と町共同体への関わり方を明らかにした。それをうけて、町への関わり方という観点から、仁斎の思想的基盤を考察した。町運営や町再建に能動的に参与する姿勢はみられず、彼の思想的基盤は、'遊びの論理'にあったことを明らかにした。遊びの論理は、江戸文化の基盤の一つとなった。 2.『京都町触集成』を史料にして、町自治や町運営の変化と、都市支配政策の変化とを分析した。それによって、17世紀中葉から18世紀中葉までの町の構造の変質を論じた。 3.民衆教育の研究を行った。石門心学や教訓科往来物などを資料にして、以下の(1)〜(3)を考察した。また、(1),(2)において、民衆と支配権力との間における支配の共同性を指摘することができる。 (1)民衆の生活意識や日常倫理は、家の存続と繁栄を第一義の目的とする。彼らの意識は、社会構造を主体的に変革するよりも、現状の社会体制を支持する傾向が強い。 (2)民衆教育の目的と内容を考察した。その内容は、実用知と教訓が中心で、社会批判の観点や新しい社会像の構築は望めないことを明らかにした。 (3)一八世紀後半以降の町について、共同体の機能、人的構成員の動向などを総括した。次に、訓科往来物の読者層を、町の社会構造のなかに位置づけた。 4.民衆思想における儒学的要素を分析し、民衆思想を近世日本儒学史のなかに位置づける試みに着手した。
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