研究概要 |
本研究は進化論の立場から芸術を考察した。進化論は今やダーウィンの手から離れ、自然科学から人文科学に至るまで、その適応可能性が実証され、また思想的な問題を提示している。この3年間にわたって、特に自然科学と芸術の交差する位置に立って「進化」の概念の可能性を究明してきた。 まず、象徴・隠喩・物語という概念は芸術学にとってきわめて重要であるが、これらの概念の「進化」をフランスの哲学者ポール・リクールに依りながら検討を加え、芸術理解のための一般的方法論としての「芸術解釈学」の構築に努めた。その成果は『藝術解釈学-ポール・リクールの主題による変奏』(北海道大学大学院文学研究科・研究叢書3、北海道大学図書刊行会、2003)として出版された。 他方、自然科学においては、特に物質の位相における原子と元素という古代以来の相容れないふたつの概念が、実は現代の量子論の成立のために欠かすことのできないものであり、そのような古代的概念から現代的概念への「進化」の実相理解に努めた。特にディラックの「空孔理論」は現代物理学でもまだ十分な解明がなされていないが、いわゆる「負エネルギー電子」の存在は、イブ・クラインの「空虚展」において、画廊の空虚な空間に充満していた虚のエネルギーと見なすこともできる。 このように科学と芸術とを連動させて考察する視点を確保しえたのは本研究の最大の成果であり、国際美学会年報にその一部を発表したが('An Aesthetics of Matter', International Yearbook of Aesthetics, vol.6,2002,in collaboration with Kitamura Tomoyuki, Trauben)、シドニー美学文学会の学会誌がその評価を掲載し(Eugenio Benitez, Literature and Aesthetics, Vol.13,no.2,2003,Sydney Society of Literature and Aesthetics)、本年9月に開催の同学会の国際研究集会においてさらに詳細な発表をすることになった。
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