民主主義的な国民国家を経済単位とし、大量生産・大量消費によって成立したフォーディズム的蓄積体制は、戦後の高度成長をもたらすと共に、モダニズムの芸術や文化の理想を体現するものであった。そして、70年代後半以降に顕著となる経済のグローバル化、電子メディアの急激な進歩に伴う情報化社会、脱工業化社会の到来は、80年代のポストモダニズム的状況をもたらした。それは「真理」に対する懐疑的な態度によって、多文化主義やグローバリズムを標榜するものであったが、一方その情報や記号に注目し、外観や表層、シミュラークルをスペクタクル的に大量消費する側面を持ち、そこから導かれる「何でも有り」の文化状況は、市場経済の絶対性や消費絶対主義を積極的に容認していくものでもあった。 しかし、90年代に入ると80年代のポストモダニズム的状況に対する様々な矛盾が露見し、オルタナティブな意識が高まることになる。それは、多元的市民社会における市民的公共圏を再建しそいこうとする動きをもたらし、政治的にはラディカル・デモクラシーと呼ばれる状況を導いた。芸術表現においても、そのような状況に呼応する動きが顕著であり、特に公共圏に対する強い問題意識を持った作品が多く制作された(本研究では、特にトーマス・ヒルシュホルンの作品に注目した)。また、作品が設置される場の政治性への関心が高まり、展覧会や美術館といった制度の批判的考察が行われると共に、新たな芸術生産システムの構築という問題意識も高まった。 そのような意識は、芸術家がボランティア精神を持った市民と共に、芸術を生産するためのアソシエーションやNPOといった組織を運営していく動きに顕著である(全国各地でアートNPOが立ち上がっている)。このことは、芸術に関わる労働の質が、大きく変化したことを意味しているともいえるだろう。
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