本研究は江戸時代の画譜に焦点を当て、それらがどのような作品をどのように収録しているかを分析し、江戸時代の美術史学の様相を解明することであった。 画譜の出版においては江戸時代中期、十八世紀初頭に活躍した橘守国と大岡春トが代表的な存在である。本年度は、そのうちの大岡春トが出版した『和漢名筆画本手鑑』(享保五年1720)と『和漢名画苑』(寛延三年1750)を取り上げ、それらがいかに同時代絵画を語っているかを分析した。そこに春トの同時代美術論を窺おうとしたのである。 『画本手鑑』において、彼は対象をよく知ることによって把握される動物の生態を生き生きと描きだすことを重視する。粉本からの離脱である。次に、そのことと矛盾するが、装飾性という対象の形の美しさを世に賞賛されるものとして位置づける。さらに、奇想天外な意表をつく光景を略筆で描く「狂画」を「風流」な嗜みとして評価する。また、『名画苑』では、長崎に伝えられた最新の技法と感覚を評価する。彼の関心が絵画の革新であることを告げる。また、一種の遊びの精神に満ちた絵、絵画におかしみを持ち込んだ作品、素人の絵画を高く買っていることも注目される。このように、春トは同時代の美術について「現在流行している作品は旧例の墨守ではない新しい試みの吐露である。その絵画は、軽妙なものでちょっとした手慰みであり、おかしみを誘うものである」と画譜を通じて語っている。これが十八世紀初頭の大岡春トの絵画観である。江戸時代に美術をそうしたものと考え、それを告げることが美術史であると考えていたことが明らかになった。
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