16世紀後半のフィレンツェで活躍した画家サンティ・ディ・ティート(1536-1603)は、1568年に同地のドメニコ会系「聖トマス・アクイナス同信会」の一員となり、礼拝堂の設計、主祭壇画と天井画の制作に携わった。またドメニコ会及び上記同信会の委嘱作品は、この時期から画家の最晩年に至るまで数多い。本研究では、サンティとその工房の作品138点、逸失作品35点、誤った帰属作品26点について目録を作成し、新たな撮影を含む豊富な図版で紹介する一方で、上記の前提をふまえつつ、その主要作品に、トマス・アクイナス、アントニーノ・ピエロッツィ、サヴォナローラ等ドメニコ会の思想家のテクストに基づく図像解釈を施した。その結果、彼の多くの作品の中に、活動的生と観想的生の均衡、神の恩寵と人間の功績の均衡、愛による律法の完遂、キリストの人性と神性への観想、といった思想を読みとることができた。また適度な多様性を取り入れながらも、過度の人体のねじれを排除するサンティの造形言語は、同時代のドメニコ会説教師ルイス・デ・グラナダが主張する修辞学上の抑制の理想を体現していることが判明した。素描芸術を教育・修正可能な技術とみなす態度も、ドメニコ会が重んじた説教修辞学の技術的側面になぞらえられる。さらにサンティが積極的に展開した画家工房の職業的実践も、公正な商取引に神の正義を見るアントニーノ・ピエロッツィの思想と関連づけることができた。
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