本研究課題の目的は、ルーベンスによる女性の肉体表現を、古代およびルネサンス美術の受容という観点から考察することであり、この研究成果報告書には、(1)「ルーベンス作《アンドロメダ》」、(2)"Rembrandt's Andomeda"、(3)「ルーベンスの古代彫刻への視線とアンニバレ・カラッチとの接点」という三篇の論考が収録されている。 今日、西洋バロック絵画の巨匠ルーベンスが描いた過度に肉付きのよい女性像に当惑を覚える人は多い。しかも、こうした反応は、彼の芸術を生んだ西洋の文化的土壌から離れた日本のような異文化圏にのみ見られるのではない。ヨーロッパにおいても、ルーベンス的という言葉は、過度の充溢、豊満さ、感覚的耽溺などと結びつけられて用いられることが多く、太めの女性をルーベンス・タイプと呼ぶこともあるのである。 何故にルーベンスは、好んで豊満な女性を描いたのであろうか。ルーベンスが、ティツィアーノの芸術に深く傾倒していたことはよく知られているが、このヴェネツィア派の巨匠からの影響は、女性の肉体表現においてとりわけ顕著である。ティツィアーノは、女性の肉体を理想化することなく、自然主義的に描き出さんとしたのであり、そのためにフィレンツェ=ローマ派の芸術家たちによって批判されたものの、きわめて官能的な裸体表現を達成したのであった。(1)の論考では、ルーベンスが、ティツィアーノの立場を引き継ぎながら、官能性において彼を凌駕せんと試みたことを明らかにした。そして、(2)の論考では、女性の裸体の描写における自然主義という点で、オランダの巨匠レンブラントがルーベンスに近い立場にいたことを論じた。さらに、(3)の論考では、自然主義的な立場に基づく古代彫刻の模倣および受容という観点から、ルーベンスとA.カラッチの芸術観を比較し、両者の反古典主義的な傾向を明らかにした。
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