本研究では、アルカイック期からクラシック期への移行期に相当する期間、クレイステネスの改革によって古代アテナイに直接民主主義体制が成立した、前530年から前450年頃に制作された陶器画を研究対象とした。平成12月8月にヨーロッパに調査旅行を行い、ウィーンとフィレンツェの美術館を訪問して陶器画作品の精査を行った。 さらに、オーストリア、ザルツブルグ大学の古典考古学研究所に滞在し、ヴォルフガング・ヴォールマイヤー、クラウス・ラインホルト研究員に専門的知識の提供を依頼し、長期のディスカッションによって課題に関する学識を深めることができた。 これまでの研究実績に海外調査の成果を合わせて、「研究発表」の項目に挙げる二つの論文を上梓した。中でも主要な成果は、オーストリアのフェルテン、ヒラー両教授に捧げられた記念論文集に独文で発表した論文である。内容は、民主政成立期のアテナイ陶器画における「他者」表現について論じたものである。すなわち、古代ギリシア人にとっての代表的な異民族であるスキュタイ民族の図像を取り上げ、「臆病」を暗示するモチーフについて記述した。図像の分析と解釈によって、古代アテナイ市民が異民族を「臆病」であると捉え、こうした異民族観を通じて、自国民の規範となるイメージを形成してきたことを明らかにした。自制心に富み、死を恐れずに国家の利益のために戦う、男性市民の理想としての戦士像が芸術表現を通じて成立したこと、そのことが民主主義体制樹立に大きな影響を与えたことを論じたものである。すなわち、男性市民に対する女性、奴隷、外国人、子供を規範から逸脱した者として定義する社会規範が存在したことを示唆する史料として、陶器画を初めとする美術作品を見なしうることを指摘した。もう一つの論文では、ギリシア市民の「内なる他者」のイメージとして神話上の英雄アレクサンドロス・パリスを取り上げ、共同体と個人の問題を検証した。
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