高野山竜光院所蔵の伝船中湧現観音像(国宝)に関し、前年度は画像そのものの調査に重きをおいたが、本年度はその教学的背景に関する資料収集と研究のとりまとめに重点をおいた。 本画像については、観音像の伝称があるいっぽう、仁和寺図像およびMOA美術館本諸尊図像の同一図像に「一切念誦行事勾当」の添書きがあることから、後者が本来の名称であろうと推測されていた。しかしそれがなんのための画像なのかについては具体的な提言がないままであった。そこで今年度の研究において以下の点に注目した。 1.仁和寺図像の添書き梵字の完全な解読 2.MOA本諸尊図像における行事勾当像のおかれた場所 3.台密の『阿娑縛抄』と諸尊図像の順位の対照 その結果、以下のような知見を得た。まず1については、梵字は「一切念誦行事勾当」の逐語訳であることが判明した。2については行事勾当像が天部の特色を示しているにもかかわらず、仏頂部という高い尊格の間に挟まれていることが確認できた。3において、この図像の順位を、よく似た配列を示している『阿娑縛抄』を対応させた結果、時処成就行法という台密の最秘法儀礼での用途に用いられた可能性が指摘できた。 つぎに時処成就法を調査したところ、この修法はある系統の台密で秘法として江戸時代まで継承されていたこと、修法の本尊自体は彫像や画像ではなく、行者本人であり、補助的に画像などを使用してもかまわないことがわかり、本画像はそのために制作された可能性が高いと結論づけることができた。
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