研究概要 |
制止した対象に手を伸ばし,これを把持するためには,まず視覚系において物体の特徴を計算し,次にその情報を元に身体座標に変換し,運動プログラムを生成する必要がある。運動実行の際,対象および対象を取り囲む環境に関する情報を,視覚系を通して取り込むことが可能な場合,視覚系で計算された物体に関する情報と運動出力とは合致する。しかしながら,運動開始に先立って対象が見えなくなる,あるいは対象に向かう手を見ることができない場合には,運動出力と視知覚とは必ずしも一致しない。先行研究において工藤は,同じ長さであっても矢羽根が付くことによって異なる長さに見えるMuller-Lyer錯視図形(以下,M-L図形)への指さし反応を分析することで,知覚系と運動系との対応の問題を取り扱った。M-L図形の提示した後,5sec間の遅延を挿入し,M-L図形への指さし反応を求めたところ,遅延なし条件では見られない錯視の影響が見られた。本研究では,被験者にM-L図形の長さを指の開きで再生してもらうことにより,知覚反応と運動反応との対応を検討した。実験の結果,M-L図形に対する指の開き幅を条件毎に分析したところ,M-L図形にのみに着目すれば,内向図形<外向図形となり先行研究の結果と一致した。しかし,錯視を生じさせない統制図形を含めると,内向図形<外向図形=統制図形となる傾向が強かった。このことは,長さは提示された文脈の中で相対的に判断されることを示唆しており,位置がegocentricな座標で判断される結果とは異なっている。運動系はegocentricな情報がある場合には,これに準拠して反応する力が,この情報が減衰(遅延条件)あるいは利用しづらい(長さの推定)場合には,相対的な文脈の中で反応するというpriorityが存在するのではないかと考えられる。 なお,本研究は第57回大会東北心理学会で発表された。
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