著者はこれまで、曖昧表情あるいは感情語の意味空間を次元説という枠組みでとらえる実験をおこない、感情の認識が離散的になされるとする基本感情説と次元的になされるとする次元説との論争に対し、次元説を支持する報告を行ってきた。本研究は、表情研究に加え、感情語、音声(声質)を用いた研究を行い、これまでの結果を確認することを一つの目的とした。また、さらに、感情の認識の順序性を検討することを主たる目的として行った。この結果、表情、音声ともに実験でも従来表情研究で見いだされてきたように「快-不快」と「活性-不活性」という2軸からなる感情意味空間が示され、その構造の頑健性、有用性が見いだされた。また、本研究で用いた、感情を込めて表現された表情、音声(声質)、そして感情語のどの刺激の認識も、まず、ポジティブ感情とその他の感情といった大雑把な、ヒューリスティックなとらえ方をし、続いて、その他の感情は、ネガティブな感情とそれ以外の感情にそれぞれ分化していく可能性が示唆された。また、このとき、ポジティブな感情の分化は、ネガティブな感情のようには分化されず、そのまま分化しないまま残されていく可能性も示唆された。この特徴は、分化が急速に進むネガティブな感情と好対照である。ポジティブな感情は、怒りと攻撃行動、恐れと逃避行動のように行動あるいは活動傾向と関係があるとされるネガティブな感情に比べその存在意義が不明とされてきたが、最近、行動や思考の柔軟性をもたらし、健康やwell-beingをもたらすものとして注目されるようになった。本実験の結果は、ポジティブな感情と、ネガティブな感情が質的に違ったシステムで作動している可能性を示唆するものとも考えられる。
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