本研究は、社会的アイデンティティ理論に依拠しながら、不本意な学歴アイデンティティが他者に抱く偏見や差別感情の形成にどのように影響しているかを検討する目的で行われた。本年度は、前年度作成した大学同一視尺度と学歴意識尺度を用いて、学歴競争社会に生きる日本の大学生を対象に、本研究の仮説「所属大学に自己同一視できずにいる学生ほど、上位の大学の学生に羨望を抱き、下位の大学の学生を蔑視する傾向がある」を実験的手法により検討した。 本年度得た知見は以下の通りである。 1.各学生の所属大学への同一視の程度を測定し、これと学生に表出させた他大学の学生に対するステレオタイプ・イメージとの関係を検討した。すると、所属大学への自己同一視の高い学生は自大学の学生も他大学の学生も同じように好意的に評価したのに対し、自己同一視の低い学生は上位の大学の学生は好意的にみるが、下位の大学の学生の見方が否定的であった。こうした傾向は、所属大学の劣位が意識されたとき明確に表れた。 2.所属する大学より上位の大学の学生と下位の大学の学生のとった望ましい行動や望ましくない行動に対し、どのような反応を示すかを印象形成実験により検討した。すると、大学への自己同一の程度が高い学生のほうが低い学生に比べ、大学の上位、下位を問わず、他大学の学生の望ましくない行動を厳しく評価する傾向が示された。しかし、望ましい行動に対しては、大学同一視の程度の高い学生のほうが好意的に評価しており、それは上位の大学の学生がその行為をした場合にとりわけ顕著となった。さらに、学歴主義の合理性を信ずる者ほど他の大学の学生の望ましい行動を好意的にみるようになることが見出された。これは、既存の社会構造のもつ不合理さや、その中で不本意な社会的アイデンティティに甘んじなければならない状況が他者に対する見方を否定的にすることを示唆するもといえる。
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