本研究は、不本意な学歴アイデンティティが他者に対して抱く偏見や差別感情の形成にどのように影響するかを、社会的アイデンティティ理論に依拠しながら検討した。具体的には「所属大学に自己同一視できず不本意な社会的アイデンティティに甘んじている学生ほど、自大学からの離脱を願うがゆえに自大学を卑下し、かつ他の上位の大学の学生に強い羨望を抱くが、同時に不本意な自己の現状を合理化するために、下位の大学の学生を蔑視する」という研究仮説を立て実験的手法を用いてこれを検証した。併せて、研究対象を日本の大学生にすることにより学歴に対する日本の青年の意識構造を明らかにし、日本の学歴社会の抱える問題点を探った。 本研究の成果は以下の4点に集約される。 1.中庸レベルにある国立大学の学生を対象に他大学の学生に対するステレオタイプ・イメージを表出させたところ、多くの学生が内集団卑下の傾向を示した。この傾向は自身の学歴アイデンティティが顕現化すると緩和されたが、その一方で他の下位の大学の学生を蔑視する度合は強まった。 2.大学同一視の低い学生は自大学の劣位が明らかになるような状況下でとりわけ防衛的になり、上位の大学の学生の評価を引き上げ、下位の大学の学生の評価を引き下げる傾向を示した。 3.所属大学への同一視の高い学生は、自大学、他大学いずれの学生にも概して好意的な評価をすること、とりわけ、上位の大学の学生のとったポジティブな行動に対して好意的反応を示した。 4.1から3で述べた現象には学歴社会の合理性や持続性にかかわる各学生の信念が少なからず関係していることが明らかとなり、不合理だと感じる社会構造の中で不本意な社会的アイデンティティに甘んじなければならない状況が他者に対する偏見や差別感情につながることが示された。
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