研究概要 |
日本においては注意欠陥多動性障害(ADHDと略す)の珍断には、米国の精神医学会が定めたDSM-IVが広く用いられている。しかし、DSM-IVの使用には、いくつかの問題がある。すなわち、文化や風土が異なる日本において、米国で標準化された基準をそのまま日本の子どもに適用するのには問題がある。また、最近の研究で、ADHDの中核的な障害が行動抑制の障害(衝動性)であることが明らかになってきたが、DSM-IVの診断項目には、それに関係する項目が僅かに3つの質問項目しかなく、しかも衝動性をみる項目としては相応しくないものまで含まれていることが指摘されてきた。さらに、DSM-IVは、主に学齢期の児童を中心に項目がつくられたので、幼児期にある子どもの診断では必ずしも適当なものではない。 そこで、平成13年度に行なった研究は、ADHDの障害の発現過程が推定できる質問紙(30項目)を幼稚園と保育園の教員に、幼児一人ひとりについて4件法で評価してもらった(調査1)。質問項目は、Barkley(1997)が提起したADHDの行動抑制障害説にもとづくモデルが妥当か否かを検討した。調査は、滋賀県Y町の全幼稚園、全保育園893名を対象に行ない、733人分の回答を得た(回収率82%)。結果を因子分析したところ、行動抑制、非言語的ワーキング・メモリ、言語的ワーキング・メモリ(内言)、情緒・動機づけ・覚醒の調節作用、再構築、という5つの実行機能が認められた。また、行動抑制を問う質問項目については、他の実行機能に比べて早い段階から幼児でできるようになっていることが伺えたのに対し、再構築のような柔軟性や創造性が関係した心理機能は遅れて発達することが明らかになった。 また、調査1と同時に、調査2も行なった。調査2は、ADHDであるか否かの判断を数量化する目的で作られたDuPaul,Power,Anastopoulos,& Reid(1998)の質問紙を翻訳して実施した。その結果、DSM-IVにもとづいて作られたDupaulらの検査は、ADHDか否かを判別するうえでは妥当なことが明らかにされた。また、調査1で行動抑制に関係した項目が調査2の衝動性をあらわす項目との間に、一貫して高い相関が認められた。また、米国ではADHDをもつ子どもは3%〜5%いると言われるが、DuPaulらの調査で得られた数値と今回の調査2の結果を比較すると、日本でもほぼ同数の幼児がいることが裏付けられた。ただし、DuPaulらの調査では5歳以降のデータしかないので、それ以前の段階については明らかでない。 今回、調査の対象とした幼児で、既にADHDが疑われている幼児は1名のみであったが、調査の結果から、それ以外の幼児でも学齢期にADHDの診断を受ける可能性の高い幼児も多く認められた。今後、今回の調査で、ADHDの高いリスクの幼児に焦点をあてて、行動観察と神経心理学的検査を追跡して行なっていきたい。
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