本研究では、同一事件に関する真犯人の供述と犯行体験のない無実の者の供述とを比較検討し、両者の供述内容や供述の変遷過程における相違点を明らかにすることを研究の目的とした。まずそのための準備作業として、これまでの行われてきた取調べと自白に関する心理学分野における研究の動向についてまとめた。そこでは、これまで行われてきた自白の分析手法などが体系的に明らかにされた。次に、わが国における1990年以降の判例の中から、一旦自白したが後に他の証拠から無実であることが明らかとなった無罪事例を選び出し、そうした事例にみられる自白の信用性評価に関わる判断理由について分析した。その結果、自白の経過、自白内容の変動・合理性、および、自白と客観的証拠との符号性がポイントとなっていることが明らかとなった。更にそうした無罪事例の中から、無実の者と真犯人の供述が同一事件において存在する事例を取り出した。該当した事件は、公判時に真犯人が現れ被告人が無実であることが明らかになった宇和島事件であった。そこで、宇和島事件の取調べ段階における供述調書を分析した。その結果、真犯人と無実の者の供述の間には、犯行に関する陳述の量や内容に違いが見られた。例えば、真犯人の供述には事件の核心箇所に関する陳述が一貫しており、また、詳細だったのに対し、無実の者の供述では犯行行為の中でも周辺的な事柄に一貫性が見られ、事件の中核箇所については供述が見られない、あるいは、曖昧な陳述であった。こうした分析結果を踏まえ、被疑者・被告人と取調官の供述生成過程について考察し、犯行体験の有無が供述コミュニケーションに及ぼす影響について明らかにした。
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