本研究では、抑鬱的な人の自己に関する否定的な認知および行動に及ぼす認知負荷の効果を検討する実験を行った。特に、他者に知られることのない、完全な匿名状態での自己評価、他者に見られることを前提とした自己呈示、他者に対して行った自己呈示に対しての他者からの評価の予測の3点を中心に検討した。 完全な匿名状態での自己評価については、強い効果ではなかったが、一部で、抑鬱的な人の自己評価が、認知負荷の下で、好ましくなる傾向が認められた。これは、抑鬱的な人の低い自己評価が、統制的過程を通じて調整されている可能性を示唆する結果であった。 自己呈示については、認知負荷の下では、抑鬱的な人の自己呈示は肯定的になり、非抑鬱的な人の自己呈示は逆に否定的になることが示された。自己呈示はその目的にあわせるように統制的過程を通して調整されると考えられるので、認知負荷の異なった効果については、それぞれが持つ自己呈示の目標の違いとする解釈をした。 自己呈示に対する他者からの評価の推測は、認知負荷のない状態で、抑鬱の程度によって違いが認められなかった。これは、予測に反する結果であった。特に自己呈示の内容の肯定性を統制した場合、認知負荷によって、抑鬱的な人も非抑鬱的な人も同程度に自己呈示に対する他者からの評価の予測は好ましくなっていた。 抑鬱の程度だけでなく、自尊心の高さを用いて分析した結果は、特に自己呈示に対する他者からの評価の推測において異なった結果となった。この違いが抑鬱傾向と自尊心の低さとの違いにおいて重要な意味を持つのかどうか、検討する必要があると考えられる。
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