研究成果報告書(冊子体)に記された本研究の成果は、以下の3点に要約される。 第一は、「感情の社会学」をめぐる既存の理論枠組みの検討である。関係のなかで相互監視による感情制御が高まる「文明化の過程」をとらえたノルベルト・エリアスと、微細な権力装置による規律・訓練による感情制御を「文明化の強制」ととらえたミシェル・フーコーの議論の相違、ヨーロッパ諸社会で「異質なもの」への感情にどう対処するかを、家族類型という「人類学的基底」に遡ってとらえたエマニュエル・トッドの議論が、本研究では検討された。 第二は、「モダニティ」とその変容のなかで「感情制御」がどのような様相を見せるか、についての理論的解明である。ここでは、近代における「距離化」(エリアス)や「再帰性」(アンソニー・ギデンズ)と呼ばれる自己の存在様式が「没頭の喪失」と「不安」を帰結することが指摘されるとともに、無媒介的に人々がつながる「同情」による社会形成が発生することの問題性が検討された。そして、孤立して自己反省・自己観察する自己でもなく、無媒介性による共同体の達成でもない、「媒介性の空間」を作る技法が検討課題として示された。 第三の、感情制御をめぐる実証的研究は、この第二の論点への回答に接近する。これは若手社会学者との研究会で検討されたが、大正期の「理想主義」と「煩悶」を論じた小倉敏彦は再帰的な青年の自己が孕む神経症の、日本の近代化過程における対人感覚の変容を論じた櫻井龍彦は対人恐怖の発生を指摘しながら、ともに「型」の存在の重要性を指摘する。また、現代の生活保護ケースワーカーにインタビュー調査を行った小村由香は、共感と距離化という矛盾する規範が存在することを指摘する。ここから示唆される、近代の変容のなかで「媒介性の空間」を可能にする感情の制御様式を構想することが、今後の研究課題として残されたといえるだろう。
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