本研究の目的は、現代の情報ネットワーク社会における社会規範の形成の状況について正確な現状認識をおこない、かつその認識を踏まえた上で、新たな社会規範の形成の方向性についての政策理念を構築することである。まず、この課題の追求のための理論的基礎作業として、「情報公共圏論」と呼ぶべき新たな理論構築の研究をおこなった。すなわち、18〜19世紀の西欧近代市民社会において形成されていた「公共圏」(市民の自由なコミュニケーションによる合意形成の場)についてのハーバーマスの理論を、現代の情報ネットワーク社会に応用可能なものとするよう、批判的に継承しつつ再構築する作業である。 再構築された情報公共圏論の視点からみれば、情報ネットワーク社会の問題圏の現状認識、および目指すべき政策理念は、次のように定式化できる。情報化にともなう社会的諸問題は、「政府/非政府」、「営利/非営利」、「公開性/親密性」という3つの対抗軸に沿った問題圏というかたちで生起している。それらは、市民社会と政治システム、市民社会と経済システム、そして市民社会と私的生活圏という3つの対抗関係のなかで、公共圏の解体にも構築にも結びつくアンビヴァレントな方向性をもっている。すなわち、一方では情報化とともに私的生活圏の分散化・私事化が進行し、またシステム(国家と市場)による生活世界(私的生活圏と公共圏)への支配が強化されることによって、公共圏は縮小し解体していく。しかし他方で情報化は、私的生活圏からの問題提起をくみあげ、社会運動やNPOなどの形態で、従来のシステム(国家と市場)に対する代替策を提示する流れを活性化させ、公共圏の構築に貢献する。この後者の流れをさらに活性化させる方向性を追求することが政策理念となる。本研究ではその具体的な事例について、文献調査などの方法で検討した。
|