本研究は、当初、九州大学の毛利を代表とし、上野を分担者として韓国などアジアの大学(院)と連携したワークショップや会議、香港における現代美術やサブカルチャーの調査、日本におけるアジア美術、フットボール文化、ダンス・テクノ文化やミニコミなど若者大衆文化の状況を「心理地理学」的なフィードワークを通して展開した。次年度は毛利がロンドン滞在のため、上野が研究代表者となり、研究を進めた。基本的に、前年度までの人脈やネットワーク、問題意識をいかす方向で研究は継続された。 グローバリゼーションやアジア地域主義を文化研究が問題にする場合、最近の研究動向では「国民国家批判」、つまり「サブカルチャーのナショナルなものへの回収・動員」の批判的検討が主要な方法的視点となっている。これに対して、本プロジェクトでは、より若者文化、大衆文化、若者文化のシーン(現場)の細部や雰囲気(アトモスフェア)に意識的にも無意識的にも密着したアプローチをとっている。フットボールの日韓共催ワールドカップや、アニメやマンガなど日本の大衆文化のアジア諸地域における消費行動、日本からオセアニアまでを巻き込みつつある野外パーティの文化、写真や建築における都市論的関心の広がり、フィリピンにおける実験映画製作と先住民文化教育のつながり、といった一見雑多で広範な対象に向かっているのはこのためである。こうした方法論的視座によって、サブカルチャーや大衆文化を政治的、イデオロギー的枠組みであらかじめ裁断するのではなく、むしろ、それぞれの文化の現場に内在する「政治的なもの」や係争のポイントを複数の領域で確認することができた。 ただし、このことは、われわれがサブカルチャーや大衆文化を単に美学的、趣味的、感覚的にセレブレートし、批判的に見つめるのを怠っていることを意味しない。ここでも逆に、それぞれのシーンの内側/ただなかに様々な抵抗や政治的、イデオロギー的葛藤がひそんでおり、これを直視することの困難もまた、本研究の記述や方法に反映していることに注意されたい。
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