本研究では、島原市にある痴呆性高齢者においてスタッフおよびグループホーム入居者の協力を得て、延べ約90時間感情表出反応を写したビデオ映像の撮影を行い、オーストラリアの痴呆症サービス開発センターのリチャード・フレミング氏らが開発した感情反応評価尺度(ERIC form)を用いて、入居者の感情表出を評価し、感情評価尺度の信頼性と妥当性の検討を行った。痴呆性高齢者および家族の感情表出に関する日本内外の研究論文を収集してレビューを行い、痴呆性高齢者ケアにおける高齢者や家族が示す感情評価の意義を検討した。また、別の高齢者介護施設において、入居者の日常生活のビデオ撮影をもとに、職員の働きかけと高齢者の感情反応の関係についての分析を行った。さらに、感情反応を含めた痴呆性高齢者のQOLを、介護職員が評価するためのアセスメント尺度を開発し、デイケア施設をフィールドに、その信頼性と妥当性の検討を行い、高齢者の日常生活の特性とデイケア場面におけるQOL評価結果との関連を検討した。これらの研究により明らかになった点は、以下のような点である。 (1)オーストラリアで開発された感情反応評価尺度は、とくに肯定的感情を評価する場合、日本においても利用価値がある。 (2)痴呆性高齢者を介護する職員にとって、感情反応に注目した援助を行うことは、言葉によるコミュニケーションが困難な老人に対してもケアの目標設定を可能にし、利用者の個性に配慮した対応を促す点で有用である。 (3)新たに開発した尺度に基づく痴呆性高齢者デイケアにおけるQOLの評価結果を、従属変数として重回帰分析を行うと、痴呆症による認知障害を調整しても、家庭場面で社会的ネットワークが豊かな高齢者において、デイケア場面で観察されるQOLはより高い傾向を示すことが認められた。 以上より、痴呆性高齢者ケアの場では、感情表出を含む非言語的コミュニケーションに対して注意を向けることが、高齢者の生活の質を評価し、さらによりよいケアを実現していく契機となりうることが示された。
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