本報告書では、文化的に多様な社会成員間の共存・共生の理念としてのフランス共和制がいかに変容しつつあるのかを検討している。まず、従来のフランス共和制における共生理念としての意義やその特徴を「共和制モデル」という概念で説明した。その後、1990年代初頭に、アメリカの多文化主義論争のフランスへの紹介を契機として「共和制モデル」とは異なる共生理念の可能性が議論されるようになった。それが「多文化主義論争」である。フランスにおける多文化主義論争を正しく理解するために、まずカナダ、アメリカにおける、それぞれの多文化主義を概観した。それによって、カナダ連邦政府の多文化主義に反対し、「特別な地位」を求めるケベック州の主張と、多文化主義を批判しフランス共和国の「普遍性」を強調する共和制論者の主張には通底するものがあることが明らかになった。さらには、アメリカの多文化主義の主張は、アメリカ伝統の文化多元主義に隠された「カラー・ライン」に挑戦するあらたな共生原理を模索するものであることも明らかになった。次に、フランスにおける多文化主義論争を共和制論者と多文化主義論争双方の立場から検討した。それによって、多文化主義に反対する共和制論者も文化的多様性の尊重は受け入れていること、多文化主義論者も共和制という枠組みを超える主張は行っていないこと、すなわち、2つの論調の収斂が起こっていることが明らかになった。さらには、現実の政策分野では、PACSやパリテ、地域言語使用、ZEPなど、多文化主義的な政策が行われていること、その際、共和制の価値や憲法への抵触が起こらないような配慮がなされていることも明らかになった。しかし、それによって逆に共和制の理念と現実の政策との間の乖離が起こり、今後のEU統合に際し大きな課題が残ることが明らかとなった。
|