本研究の目的は、芸道における「型」の形成を検証することにある。その際、(1)「型」とは伝統の集積された客観である。(2)「型」を形成せしめる核心は、文字や書物を媒介としない教育の方法・形態こそがベストであるという2つの意味が内在化していることに留意した。 こうした視点にたち、以下3点を中心に検証をすすめる。1.「型」の形成に大きく寄与すると想定される口承の教育の実効性を検証すること。2.実効性の判断に動作解析等の観点をとりいれたこと。3.比較対照のため3年間にわたっての観察と記録化を図ったこと。の3点である。 「平成15年度」の研究進捗は、ほぼ予定通りで順調である。 以下、研究成果の概要を記すことにする。「型」を構成する口承の教育あるいは口伝による伝達行為も含めて、それを探るためには、家元クラスの教授場面の観察か実際に口承・口伝による芸能の教育を行っている場面の観察を通しての「型」の検証をおこなわなければならない。 本研究では、前者を研究分担者の畑野裕子が担当し、後者を研究代表者の安部崇慶が担当した。畑野は、自身が舞踏の家元クラスの「型」の教育の体験者でもある。本研究でも、ジャズダンスと日本舞踊との比較対照などにその体験が生かされている。安部は、実際に口承・口伝による「型」の教育を行っている数少ない事例である真言密教の「四度加行」(しどけぎょう)の体験者である。本研究でも、この体験からの分析をおこなっている。いずれにせよ、両者ともに本研究の眼目である「型」の形成や実態に関する実証的アプローチを試みたのは、共通である。 日本の芸道(仏法などを含めて)の教育においては、基礎から応用へという確実な科学的認識がなかったにも拘らず、「型」から入りて「型」を出る、という言葉に明らかなように深い人間洞察能力によって経験主義・体験主義の陥る欠陥をカバーし、理論的にも整合性のある体系を作り出したのである。その一つが、本論文で安部の指摘した口伝にみる「聞き書き」という、一種の知恵である。つまり、口伝という公開されること拒否する教育において伝達を確実ならしめるためには、被伝授者が聞き取って書き残す、自分だけの「聞き書き」以外に方途はないということである。仏法においてはこれが「次第書」ということになる。これらを総称するなら、それが「型」ということになるのである。 残された課題もまた少なからずある。たとえば、「型」という基礎から「型をでる」応用への飛躍を理論的に解明する必要性など、である。それが、現代日本の教育への過去からの遺産に他ならないと確信するゆえに、である。
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