精神科学的教育学派を中心とするドイツの教育学者たちが、第2次世界大戦後、自らのナチズム体験をどのように内的に克服したのかを分析・考察し、次のような新たな成果を得た。本研究では、とりわけゲッティンゲン学派と称される教育学者・教育者集団を形成し、戦前・戦後を通じてドイツ教育の理論と実践に大きな影響力を及ぼしたノールと、その学派を分析の対象とすることによって、以下の主要な3点を明らかにした。 1.ノールは、1933年段階ではナチズムに親近的な言説を示していたが、1937年に大学教授職を早期退職したという事実が「免罪符」となって、1945年ドイツ崩壊直後から教育活動を再開し、教育制度の復興にも大きく関与していたことが確認された。イギリス占領軍行政機関からも協力者としての位置づけを得ていた。 2.平成13年度の研究で収集整理したノールの書簡から、1945年5月以降、ノールが各地の弟子たちと頻繁に連絡をとり、ノールが戦後ドイツ教育者のネットワークセンターになっていたことが明らかになった。また、ノールが中心となって刊行された雑誌『ザンムルンク』の分析から、この雑誌刊行が1945年夏にはすでに準備されていたこと、内容的には、ナチス以前のよきドイツの伝統、ヨーロッパ的な価値理念への回帰を訴えるものであったことが解明された。 3.戦後のドイツ教育学にとって、ナチズムは「悪魔的欺瞞」「過度の民族主義」「盲目的崇拝」として振り返られるが、その克服の方途は「単純な道徳」「精神世界の永遠性」「隣人愛」等の再生であり、自らのナチズムへの親近性を問い直す視点は認められない。ナチス支配期を空白期間として、それ以前と以後の同質性、連続性に、自らの拠り所を求めていたことが明らかになった。
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