本年度は、一昨年度、昨年度に引き続き中国近代客家系著名人とされている人々についての関連資料文献の収集に努め、収集し得た資料をもとに分析を進めた。対象を民国期(1912年〜1949年)の広東省の政治・軍事情勢に関与した著名人に絞り込み、その事績や生い立ち、そして人脈について、可能な限りの分析と考察を行った。そこには中国革命の父とされる孫中山をはじめ、その腹心で後に国民党の中枢に関与する胡漢民、汪兆銘、廖仲かい、広東出身の軍人で民国期の政局に大きく関与した陳とう明、陳銘枢、陳済棠、張発奎などの人物が含まれる。さらに、そうした著名人たちの一部が「客家出身」として描かれるようになる過程を、羅香林の著述などをもとに分析した。 その結果明らかになったことは、以下の点である。客家出身とされる民国期政治軍事著名人たちの「客家」性は、羅香林に代表される客家民系の研究者・称揚者により後付的に付与され、あるいは少なくとも強化された性格が強いものであると言わなければならない。そして、そのような著名人の客家民系への「取り込み」過程には、出身地による類推に基づくものが一つのパターンとして存在し、これが最も簡便な方法である一方、孫中山の事例のように、系譜の探索あるいは策連によるパターンが存在する。いずれも、籍貫や父系出自といった中国社会に内在的な「本源的指標」に準拠しながら、それらの著名人の「客家」性は自明化され、客家民系の「特性」や「本質」を象徴する存在としての言説が生産されてゆくのである。このようにして、客家という1つのエスニック・カテゴリーが形成され実体化されてゆく時期にあたる民国期中国の著名人たちのエスニシティーの分析は、既に完成されたエスニック・イメージを「地域」やコミュニティーなど集団レベルにおいなぞってゆく分析とは異なり、より動的な過程を明らかにするという点で極めて有意義であることが明らかにできた。
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