1.文献調査(本年度購入分他)から以下のことが判明した。 (1)札幌農学校関係の公文書・記録書類において、アイヌの狩猟採集生活の側面が強調されるなど「原始的な民族」のイメージを喚起するような記述が散見できたが、これは当時の同化政策・開拓政策の背景にあった「アイヌ観」の典型であることが伺えた。また、学生たちの弁論・討論の場であった「開識社」の記録には、アイヌに直接言及した記述は発見できなかったが、適者生存など当時の社会進化論的な論調がいくつか散見でき、前述の「アイヌ観」の根拠になったものと推測される。 (2)札幌農学校出身者の著作において、アイヌに関する様々な記述が散見できたが、特に2期生の宮部金吾(植物学者)関係の文献で著しく、植物のアイヌ語名称や調査旅行で出会ったアイヌの人々に関する記事が目立った。しかし、宮部のアイヌに対する関心と賞賛の中に果して偏見や差別がなかったのかどうか、あるいは当時流行していた「日本人の起源論争」の潮流に位置付けられる学問的功名心から発したものだったのかどうかなどについては次年度以降の検討課題としたい。 2.東京大学附属図書館と北海道大学博物館の文献および資料の調査から、原十太(札幌農学校附属博物館初代館長、動物学者)について、これまで不明であった彼の経歴、農学校在職中の役割、寄贈図書・標本の所在、東京帝国大学農学部水産学科教授就任前後の研究活動・業績などが判明した。しかし、彼の研究業績や寄贈標本はいずれも動物学(後年は海洋学)に属するもので、アイヌ関係のものは全く発見できなかった。また、農学校在任期間中に収集されたアイヌ資料は1点もなく、北海道に関する業績もほとんどないことから、後任の動物学者・八田三郎と比較すると、その後のアイヌ文化研究への貢献度はほとんどないように思われる。
|