近年、台湾では先住民の動きが活発になっている。21世紀になり平埔族のサオ、クヴァランが、それまで認められていなかった台湾原住民として認可された。こうした台湾社会の動きのなか、従来タイヤル族に分類されてきたセデック語を話す人々が、タイヤル族からの分離独立を求め、セデック族、タロコ族として認可させる運動、正名運動をますます活発化させている。 本研究では、近年の台湾先住民の「民族」としての認識の高まりや運動の活発化の状況を把握するため、セデック、タロコの人々を中心に、現地におけるインタヴューをとおした調査をおこなった。その結果わかったことは、正名運動は中心的問題点が2点あることであった。ひとつは、セデックをタイヤル族とは別に承認してもらいたいという問題。もうひとつは、その際、つまりタイヤル族とは別に承認してもらう場合、民族名称をどうするのかという問題である。民族名称についてはセデックが居住する南投県ではセデックを、花蓮県ではタロコを主張し、意見の統一をみない。このように居住地域によって主張する民族名称は違うものの、両者をひとつの民族としてくくることには反対ではない。キリスト教長老教会はこれらの問題に大きく関与してきた。キリスト教長老教会は、戦後半世紀の間、聖書の翻訳をとおしてセデック語の表記方法を確立してきた。それをもとに現在では母語習得のための教科書を作成し、母語教育の普及に力を入れている。台湾先住民をめぐるこれらの動向は、文化人類学的に「民族」概念の形成を考える場合、多くの示唆を得ることができる。研究では台湾先住民の現在の動きを理解するために、あわせて20世紀初頭からの文献の検討もおこなった。
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