平成15年度は、報告書のまとめに向けて、『京都御所取調書』(宮内庁書陵部蔵)の翻刻とパソコンへの入力作業に力をさいた。藤波言忠が、近世における京都御所のそれぞれの部屋の機能と年中行事や儀式の使われ方を、京都御所の空間の側から、1922〜23(大正11〜12)年に調査した史料である。従来、近世後期の宮廷社会を復元するのにしばしば使われた、下橋敬長『幕末の宮廷』(平凡社東洋文庫)の1921(大正10)年の聞き書きに匹敵するものである。この入力作業にのべ30日で学生一人のアルバイトを雇った。調査は、宮内庁書陵部や国立公文書館などの東京で公家史料や陵墓関係の資料を閲覧収集するとともに、京都では京都府立総合資料館で、京都府庁文書や近世近代の観光や紀行文の調査閲覧をおこなった。そのほか、賀茂別雷神社で「日次記」で文久期の将軍上洛や明治維新期の賀茂祭の変化や1880年代の「旧儀」復興の過程を調査し、京都文化博物館で「明治維新と葵祭」(2003年5月3日)という講演を行った。研究課題である京都文化の明治維新の変容を考える上で、『京都御所取調書』(宮内庁書陵部蔵)からは、京都御所の近世における機能や観光スポットとしての開放性や賀茂祭など地域社会との連関を明らかになる。そして1869年の東京「奠都」で、東京の皇居へ朝廷が移り、1880年代に国際社会に向けて皇室財産として京都御苑として整備してゆく過程は、京都府立総合資料館や国立公文書館の行政文書で明らかになる。また近世・近代の京都をめぐる文化に関わる基本的な史料や文献が収集できた。まとめとして『京都御所取調書』(宮内庁書陵部蔵)とその解題を報告書として刊行した。
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