本年度は幕末維新期の招魂社をはじめ、近代以降の武士祭祀事例の収集とともに、研究の最終年度にあたるため、これらを踏まえた整理・総括の作業の結果次のような成果を得た。 本研究では近世の武家領主(将軍や大名、またその家臣など)が神格化される事象の検証を通じて、1.武家領主のアイデンティティの歴史的特質の解明、2.地域社会での生活や利益を保証する民俗神的性格の検証、3.近代天皇制下での神格化された武士の包摂過程と神道との関係の解析、を行った。その結果、武家領主が神格化される歴史的背景について検討した場合、(1)武家領主の家の氏神、先祖神としての祭祀、(2)水利普請などによる地域開発あるいは善政を施したとしてその功による祭祀、(3)域社会で由緒を持つ神社の創祠・再興・寄進などの功による合祀、(4)とくに幕末維新期、「公」に尽くした人物としての招魂社などへの祭祀、(5)明治期における旧大名(歴代藩主)の都市(旧城下町)での祭祀、などがみられた。しかし、近世以前の武士層も多数神格化されていることも明らかになった。南北朝期のとくに南朝方武将(楠木正成・新田義貞など)の神格化は予想していたが、歴史上の様々な合戦で戦死したとされる武士が、戦死地ないしその墓とされるところに地域の人々によって祭祀される事象はかなりの数にのぼる。つまり(6)近世以前の武士を中心とした怨霊・御霊信仰に基づく祭祀、を加えねばならない。そして注目されるのは、このいずれもが、地域社会のなかで、地域神・鎮守神としての地域の守護神、また利益神・救済神としての現世利益神、などの民俗神的性格を漸次おびるようになったこと、他方、近世以前の武士を中心に全国的な祭祀者が形成され、それは幕末維新期の国家へ奉仕した武士祭祀と関連して、天皇を中核とする国家神道の枠組みのなかで民族神的性格も併有する特質を見いだすことができた。
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