本研究のテーマとなる戒律伝播の歴史は、三期に大別される。第一期は律宗の祖師とされる鑑真(683〜763)の時代であり、第二期は、唐招提寺・覚盛(1194〜1249)、東大寺・凝然(1240〜1321)、西大寺・叡尊(1201〜1290)などの南都を中心とした南京律と泉涌寺・俊〓(1166〜1227)の北京律などの鎌倉期である。そして第三期は西明寺・明忍(1576〜1610)、如法真言律を提唱した浄厳(1639〜1701)、正法律の開祖とされる野中寺・慈雲(1718〜1804)をはじめ律学の研究をした八事山諦忍(1705〜1786)などの多くの律学研究僧を輩出した江戸期である。本研究の対象となるのは、第二期と第三期に書写・刊行された戒律関係文書典籍の収集・調査である。 本年度は、東大寺図書館に架蔵されている多くの文書典籍類の中から、戒律関係資料を調査した。その結果、520点の調査並びに写真撮影を行なった。その内容は、『四分律』『四分律行事鈔』『四分律行事鈔資持記』等の南宋版・平安末期書写の律の基礎聖教が含まれている。書写された場所も東大寺戒壇院のほか、西大寺・般若寺・法華寺・唐招提寺・泉涌寺等の寺院名がみられ、それらに関係する律僧が書写している。東大寺の中で、戒壇院を拠点として、律関係の寺院間の交流が盛んであったことは、多くの聖教が残されていることで明らかとなった。第三期の江戸期における中心的役割を果した三僧坊(神鳳寺・西明寺・野中寺)で所蔵される文書典籍類の調査にも着手した。本年度はこの三僧坊の内、大鳥派神鳳寺で所蔵されていた文書典籍類の調査を行なった。現在、神鳳寺で所蔵されていた文書典籍類は、3500点にも及んでいる。その資料の一部分の調査・写真撮影を行ない、次年度にも継続する。さらに、野中寺・西明寺の調査も着手する予定である。
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