最終年度の本年度は、米国とフィリピンにおいて補足調査を行うとともに、これまでに収集した資料の分析、マラナオ語資料の翻字・翻訳を行ない、ラナオ州ムスリム社会に焦点をあてて、20世紀イスラーム運動の変容を検討し、それをテーマとする論文執筆を開始した。その要点は以下のとおりである。 1930年代のミンダナオ島ラナオ州では、米国統治期の政治・経済・社会変化によつて金属細工業者や精米業者を中心とするムスリム新興富裕層が形成された。彼らの一部は、マッカ巡礼の経験を通じて世界的なイスラーム共同体に所属するという意識に目覚め、ラナオ州ムスリム社会の状況に危機感を抱き、非イスラーム的な慣行を排除してイスラーム本来の完全さ・純粋さを取り戻すことを目的としてカーミロル・イスラーム協会を結成した。同協会は近代的イスラーム学校を開設し、イスラーム教育改革を中心としてイスラーム改革運動を開始した。これはラナオ州初めての組織的なイスラーム改革運動であり、20世紀後半のイスラーム復興運動の基盤を準備した。 1950年代以降、イスラーム学校での教育言語のアラビア語化、謄写版印刷の大衆向けイスラーム出版物発行、ラジオ放送の開始などにより、イスラーム改革運動が本格的に開花し、ムスリム大衆の間に浸透していった。それを背景として、1960年代末以降、(1)議会民主政治への参加や市民活動を通じての漸進的な社会改革をめざすイスラーム運動、(2)教育・布教など精神面の活動に専念するイスラーム運動、(3)武装闘争によるイスラーム国家建設をめざすイスラーム運動という、今日に至るまで続いている3つのタイプのイスラーム運動が形成された。
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